佐賀県における年代の明らか民家では現在最古のもの。建築年代は1789年(天明9)とされています。屋根材にカヤを使い、かま屋やいろりを配する独特なたたずまいをみせています。1974年国の重要文化財に指定。吉村家は当時の上層農家だったとされています。 地図はこちら
佐賀藩を脱藩し、京都で勤皇運動に身を投じていた江藤新平が、その脱藩の罪でえいちっ居となっていた地。この地で近隣の子供達に「寺子屋」を開き、手習いなどを教えていました。 地図はこちら

大正時代、斎藤茂吉は病気療養のためこの地に3週間滞在し、38首の歌を残しています。「うつせみの病やしなう寂しさは川上川のみなもとどころ」もそのひとつであり、川のほとりに歌碑が建てられています。平成5年3月には2番目の歌碑「ほとほとにぬるき温泉を浴むるまも君が情けを忘れておもへや」がかじかの里公園に建てられました。 地図はこちら
小城藩が1838年以降の江戸後期に設置。山内の年貢収集や領民の生活の安寧に機能していました。県内のほかの代官所より規模が大きく、山奥に置かれた理由は詳しく分かっていませんが、藩境の福岡藩などに対して威厳を保つ狙いがあったもされています。 地図はこちら
創建は515年継体天皇の頃と推定。永禄4年(1561)領主神代勝利らが龍造時隆信の攻撃に敗れこの地に救いを求めた際、敵が放った火から免れたことから神恩を感謝し、社領7町と、刀を奉納。以後神代家鎮護の神として崇敬しました。例祭は5月8日。 地図はこちら
弘法大師行脚の地。130体以上の石像が並んでいます。また奥の院とよばれる近くの白山神社には弘法大師の石像が祀られています。 地図はこちら
郭沫若は中国政治家、文学者。日本での中国人べっ視に耐えきれず1924年熊の川温泉に投宿。日中友好のために多大な功績を残された先生をたたえ、1982年、熊の川時代を描写した私小説「行路難」から引用した「夕日が川上川の川面に照っていた・・・・」の分を刻んだ記念碑が建てられました。 地図はこちら
7,000本、20種類近くに及ぶしゃくなげが咲き誇る北山しゃくなげ園。十数年前から山のご主人である姉川さんがコツコツと愛情こめて植えてきたものです。
一度来たことがある方は毎年開園を待ちわびているそう。2010年の見ごろは4月22日からの数日間。
。しゃくなげの他にミツバツツジなども見られます。
入場料400円 開園時期:4/15~5/10頃まで 開園時間:9:00~18:00(雨天の場合閉園) 地図はこちら
古湯城は延元元年(1336)、多々良浜(福岡)の戦いで勇戦した阿蘇惟直の弟、九郎惟成の侍士原隼人が築城したと伝えられています。現在は公園として整備されていますが、今なお残る自然石の碑、礎石からは当時をうかがうことができます。公園から見下ろす古湯の町は絶景です。 地図はこちら
根周り13.8メートル、樹高34メートル。推定樹齢は1000年といわれ、全国第2位の巨木とされています。1926年には国の天然記念物に指定され、神木として住民に崇拝されています。 地図はこちら
古湯と熊の川温泉の中間に位置する渓谷。大小の奇岩と雄渕滝、緑の山々が折り重なって、素晴らしい景観をなしています。 地図はこちら
高さ14m幅10m。弘仁12年(821年)行脚中の弘法大師がこの地を訪れ野宿したとの言い伝えがあります、その場所は滝の左側に畳二畳ばかりの段場が今もなお現存しています。 地図はこちら
標高900mの羽金山の谷底にある奇怪な巨石群。江戸時代、10万両に及ぶ福岡黒田藩の埋蔵金伝説もある。
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嘉瀬川のほとり、熊の川温泉郷の入り口近くにある河川公園。飛び石などがおかれ、子供達には絶好の遊び場となっています。流れが緩やかなので水遊びもできます。 地図はこちら
毎年10月中旬に行われる、秋の収穫を祝い、天下泰平を祈願する神事「浮立」。市川地区の浮立は県の重要無形文化財に指定されています。その「浮立」の保存、伝承を目的とし、写真やパネル・ジオラマ、人形などを展示し、その雰囲気を再現しています。
休館日: 毎週水曜日、12/29~1/3
開館時間: 9:00~17:00(4/1~10/31)、9:00~16:00(11/1~3/31)
入場料: 中学生以下無料 高校生以上100円(10人以上の団体は80円)地図はこちら
「木枯らし紋次郎」「取調室」などの作者として知られる笹沢左保。彼が晩年を過ごした富士町の住まいが、「笹沢左保記念館」として毎週日曜日に開放されています。離れの書斎には、作品のコレクションや貴重な生原稿など、ファンにはたまらないアイテムを展示しています。
開館日:毎週日曜 ※事前の電話問い合わせ必要
入場料:300円
問い合わせ:ミサワホーム佐賀
0952-23-7141